安治川部屋
すっかり更新をサボっておりました。(;´Д`A ```
さて、以前より《安美錦取得》が囁かれていた名門「伊勢ヶ濱」の名跡。
10月初旬に、なんと現・安治川親方の元・旭富士が継承にて話がまとまっていたようで、この度正式発表。
恐らく時津風の件もあり、安美錦ではなく安治川親方で話がついたのだろう。
従って、安治川部屋は初場所からは「伊勢ヶ濱部屋」となる。
部屋も建て替え、よもや名前も変わるとは思いもしなかった・・・・・(´・ω・`)
そしてパーティーは御披露目と同じところ・・・如水会館の方が、アットホームで好きなんだけどなぁ。
じゃあ水色の附け下げか、水色の大島が良いかな?(早すぎw)
※以下、サンケイスポーツ 2007/11/1掲載文
名門の伊勢ケ浜部屋が再興へ!安治川親方が継承─────
http://www.sanspo.com/sports/top/sp200711/sp2007110102.html
大相撲の名門、伊勢ケ浜部屋が約1年ぶりに再興されることが10月31日までに、確実になった。長く一門の総帥だった先々代伊勢ケ浜親方(元大関清国)が昨年11月に定年となり、その後一時期を経て消滅していたが、安治川親方(47)=元横綱旭富士、写真=がこのほど継承の意向を示し、早ければ来年初場所(1月13日初日、両国国技館)までに同親方が弟子を引き連れ、年寄名跡を変更する見込みとなった。
◇
かつては「立浪・伊勢ケ浜連合」といわれ一門の系統を担った名門、伊勢ケ浜部屋が再興されることになった。第63代横綱でもある安治川親方がその重責を担う。
九州場所を控え、けいこに厳しい目を向ける同親方は明言を避けているが、関係者によると、先々代伊勢ケ浜親方が、安治川親方への継承を希望していたといわれ、すでに名跡の譲渡は最終段階を迎えているという。
伊勢ケ浜部屋は、昭和20年代を中心に活躍した第38代横綱照国が継承して盛り上げ、大関清国らの関取を輩出した。
先々代伊勢ケ浜親方が昨年11月に定年退職し、継承した先代親方(元幕内和晃)も8月に定年が決まっていたことから、2月1日付で所属力士2人、行司らとともに一門の桐山部屋に転籍して、部屋は消滅していた。
これにより立浪・伊勢ケ浜連合は異例の改称を迫られ、立浪一門と改められた。現在は一門の大島親方(元大関旭国)、友綱親方(元関脇魁輝)が日本相撲協会の理事に入り、協会の運営を支えている。
横綱朝青龍が巡業を休場しながらサッカーに興じて協会から処分を科されたり、前日には幕内把瑠都がまげも結わずにTシャツ、短パン姿で繁華街を歩いていた件について、伊勢ノ海生活指導部長(元関脇藤ノ川)から厳重注意を受けたばかり。外国人力士の不祥事が目立つなか、一方で伝統ある部屋の重み、一門の系統を大切に思う気持ちが、今回の動きにつながったようだ。
大島部屋は力士が10人、友綱部屋は11人、そして伊勢ケ浜からの転籍者を含めた桐山部屋が8人。関脇安美錦、小結安馬、十両安壮富士ら一門最多の19人の弟子を抱える安治川親方の手腕に、名門復活の期待がかかる。
■安治川正也(あじがわ・せいや)
本名・杉野森正也。昭和35年7月6日、青森県生まれ、47歳。大島部屋に入門し、昭和56年初場所初土俵。58年新入幕、平成2年名古屋場所後に横綱昇進。幕内優勝4度、平成4年初場所後引退し、平成5年4月に安治川部屋を継承した。
■伊勢ケ浜部屋
初代は伊勢ノ海部屋の行司、5代目式守伊之助が天保15年(1844年)ごろから兼務していたといわれる。十両、幕内、大関、横綱への各昇進がいずれも当時の最年少記録を更新した照国が所属し、のちに部屋も継承した。
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コメント
青の付け下げか大島ですか。
いいですねぇ…
着物の写真、mixiの方でもいいんでUPしてください~(^^)
投稿: 魚政 | 2007年11月18日 20:02
>魚政さん
書き込みありがとうございます(*^ー゚)b
大島は凄ーく気に入っているのですが、パーティーとかだと汚すかもしれないという恐怖に駆られて、中々袖を通せないヘタレな私です。(前科があるのでw)
写真は撮れたらmixiにupしますが、撮る方が多いので電池とメモリーが余っていたら、という感じですw
投稿: みっひー | 2007年11月19日 10:16